福岡地方裁判所 昭和42年(行ウ)27号 判決 1968年3月15日
原告 直野秀武
被告 福岡刑務所長
代理人 島村芳見 外五名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実(一、二、三省略)
被告指定代理人は本案前の答弁の理由として
被告のした移送拒否処分は次の理由により抗告訴訟の対象とならないものである。
原告の被告に対する移送申立は請願の一種であると解すべきである。
即ち、本刑務所に在監する原告は所長である被告に対し面接を求め刑務所の処置又は一身の事情について申立をなすことは出来るが在監者たる原告に申立事項の実現を求めうる具体的請求権が与えられているものではない。
又受刑者には拘禁の場所を選択する権利はなく、従つて原告においても被告に対し他施設に移送処分を請求出来るものでもない。自由刑執行の目的は受刑者を社会から隔離拘禁し、右拘禁生活を通じて教導・善化し社会適応性を付与することにある。そのために監獄法、同施行規則、行刑累進処遇令等の規定が設けられているが、右諸規定運用に際して、矯正施設の機能を最も有効に発揮し受刑者の矯正・教化をはかるため受刑者分類調査要綱を定め、刑執行の基本方針として分類制度を採用し、矯正管区長は受刑者分類規定において級別分類の基準を定め、管下の施設の収容区分を規制し、刑務所長は右基準に基づいて個々の受刑者を分類し収容区分に従つて受刑者を収容したり他に移送したりする措置をとつているのである。即ち、個々の受刑者をいかに分類しどの施設に収容し、移送するかについては法律による規制はなく、刑務所長が右の規定の制限内で拘禁並びに矯正目的に照し自由裁量によつて運用している。従つて受刑者には拘禁の場所を選択する権利はなく、当然に移送処分を請求できるものでもない。また、かりに、受刑者に対する職員等の不法・不当な行為により受刑者の人権が侵害される危険性が存する場合においてもどのような方法で右危険を除去するかは所長の裁量によるべきものであるから、受刑者は右危険があることを理由として当然所長に対し移送処分を請求できるものでもない。そうすると、原告の被告に対する右移送申立は被告がこれを受理して誠実に処理すべきことを期待し得るに過ぎないもの、従つて請願の一種と解さざるを得ない。従つて被告においても右申立についてその当否を審理・判断しその結果を原告に開示する義務はないものであり被告のなした移送拒否の意見の開示は事実上の応答にすぎずしかも、右拒否の結果現状に変更はないから原告の法律上の地位には何ら影響を及ぼすものではない。よつて右は抗告訴訟の対象にならないことは明らかである。
(以下省略)
理由
原告の本刑務所から他刑務所への移送申立に対し被告は昭和四二年九月一六日移送しない旨通知をしたことは当事者間に争いがない。
監獄の管理、監獄内における被拘禁者の生活およびその行刑・処遇を規制するものとして監獄法、同施行規則、行刑累進処遇令、受刑者分類調査要綱(昭和二三年一二月二八日矯総甲第一七七八法務総裁訓令)等が存し、受刑者といえども右諸法令に従つて処遇される権利ないしは法律上の利益を有するものと解すべきであり、原告の人権侵害等を理由とする移送申立に対して被告のなした移送の拒否は公権力の行使にあたる行為というべきであり、原告の本件訴が被告の主張するような理由により直ちに不適法になるものということはできない。
しかしながら右諸法令は個々の受刑者を如何に分類し具体的にいかなる施設に収容し、或いは移送するかについて規定するものではなく、個々の場合については刑務所長が前記要綱に基づいて矯正管区長が定めた基準の枠内で拘禁ならびに矯正目的に照し自由な裁量によつて行うものであり、原告が本刑務所に収容されること自体が違法でないことは原告も明らかに争わないところであるから、仮りに原告主張のような職員の違法行為や暴力団員による危害を加えられる危険性が存するとしても被告が右の諸事実を如何なる方法で排除するかは被告の右諸法令及び基準に照してなした自由な裁量に任されていると解すべきであり、原告がその主張するような理由によりなした移送申立に対し被告が右移送をしないことは自由裁量の限界を越えるものではないと解するを相当とする。
そうすると原告の右処分の取消を求める本訴請求は理由がないことが明らかであるから爾余の点につき判断するまでもなくこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岩崎光次 高橋弘次 池田美代子)